*注意事項*


 『ご案内やお勧めのつもりで記録は残してません。私が登った日の記録です。あなたが行かれるのは勝手ですが、その結果の事故等の補償はしません。また本文は一般的な日常語です。』


『後日の追記』

 「いきものふれあいの里」は、閉館し取り壊されてるらしいです。よって、駐車は可能ですが、トイレ・入山届の投函については朽木温泉が無難と思われます。


 今年は「巳年」なんで「巳・蛇」のつく山へ行こと決めてましたが、残り1カ月でそれを思い出して行くことにしました。「いきものふれあいの里」で登山者カードを出してトイレを借りて登り始めます。


 はじめは遊歩道です。その後登り始めたとたんにえぐい登りの階段です。それも全コースの1/3以上と思えるような距離で、その上、1歩づつやと高すぎるし、楽をしようと2歩で登ると当たり前のように片足ばっかり疲れます。なんとか適度に気張りますが階段は続きます。そんな坂を耐えながら1時間半登って山頂


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に着きました。山頂は写真のように広いです。赤坂山より北部


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は冠雪してるようです。今日は美浜町の雲谷山へ行くつもりやったんですが、お久の初冬の山で雨と雪は堪えるんで、家からも近いし、短時間やし、下りたとたんに温泉ということでこっちにしました。正解です。ついでに南東向き


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も雲がかかってます。この西向


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きだけが雲が切れてます。


 今日の無線機は、寒いんで何局かしゃべって下山しようと430MhzFMの無線機を持ってきました。早速CQを出しましたが誰にも呼んでもらえませんし誰も出てません。来てみたらそれほど寒くはないんで、ちょっと重いですが50MhzSSBの機械を持ってきた方が楽しめました。


 下山は朽木温泉へ行きます。やっぱりこの道も階段が多いですが、結果的にはいきものふれあいの里の道より少ないです。という事は朽木温泉の道を下山に使こたんは正解でした。途中でこんな桟道を歩きます。


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登りの尾根もこの辺も自然林で歩くと枯葉がカサカサ言います。この音は晩秋しか楽しめません。


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この先はジグザグで下って谷を越えます。ここは橋が架かってるとネットで調べてましたが流されたらしく少し下流の道標の地点で石を飛んで渡りました。


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ここからは階段の少ない快適な登山道を歩いて、思い出の森バンガロー区画へ着きました。


 下山後は当然のように温泉に入った後昼食を食べて帰りました。


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by ashita-doko-doko | 2013-11-30 20:27 | 登山 | Comments(0)

 今日は仕事を休みました。良く言うと「有給休暇の消化」、悪く言うと「ズル休み」です。どっかへ行ってもいいんですが、午後は雨なんで午前のうちに散歩へ行きました。


 いつものように散歩になりにくい?道は自転車で省略し吉田神社まで行きます。途中京都大学農学部の構内 


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を通過します。銀杏の紅葉がきれいです。


 吉田神社へ駐輪後は吉田山を越えて真如堂「真正極楽寺」


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へ行きます。平日のはずがこの人です。紅葉


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もちょうどです。ここからは「会津墓地」「法然上人廟」を通って「岡崎神社」へ行きます。この道は車両は来ませんし信号もありません。ついでに言うと観光の人もいませんので自分のペースで歩けます。
 この「岡崎神社」は縁結び出産の神さんです。そんなんで絵馬には「結婚できますように。」「安産御礼」というのが奉納してありますが名前がすごいです。どう読んでいいのか不明な名前もありますが、目に付いたんは「馨」です。小学校3年までは書けへんと思いますし、書けても二文字分マスが要るんちゃうかと想います。
 この後も裏道経由で行きます。その途中元総理の家の京都別邸前


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を行きますが、さすがにきれいな色の紅葉です。


 さて、この後が今日の目的地「野村美術館」で、30周年名品展をやってます。お茶道具が主で、その中に「えェけど、好みではもうちょっと濃い色のほうが。」と思う志野の茶碗がありましたが、その銘が「猛虎」でした。「猛虎」と言えば阪神タイガースです。「来年は2位なんかで終わったら承知せんぞーー!!」と思いました。(そんな感想は志野の茶碗には無関係なんですが。)


 鑑賞後道路へ出ると「東山高校」


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があります。何を隠そう、ここはあの元レッドソックス岡島選手の出身校です。(何が一応かは言いにくいですが、実は私も一応そうです。)高校の前を通過した後は永観堂の前を通過しますがものすごい人です。そのはずで外からみても紅葉がきれいです。門から中を見た後は吉田神社まで戻って散歩は終わりです。


 自転車を回収後は昼食用に超高級庶民向け1個80円のてんぷらを2個スーパー大黒屋で買うてかえりました。


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by ashita-doko-doko | 2013-11-29 09:48 | 京都観光 | Comments(4)

「三方五湖一応一周」

 「三方五湖一応一周」に行きました。なんで「一応?」なんかは最後まで読んでもろたらわかります。


 町民運動公園に駐車して走り始めます。久々子湖の集落を過ぎると湖岸を走る道になりますが、一応は舗装路て言うような泥は流れてるわ、水は流れてるわ、杉の枝は落ちてるわの走りにくい道です。それでも後半はきれいになったと思うと県道に出ました。次は日向湖ですがここは塩湖で海につながってるようで漁船が繋いであり、紅白で鳥羽一郎が長靴をはいて演歌を歌う舞台セットみたいな集落で、カレイも干してあります。


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漁村を過ぎて西岸を走ると海釣りの生け簀が浮いてて駐車場との間を釣客が横断します。私ら自転車で遊ぶ者もいろんな意味で注意せんとあきません。この後久々子湖岸を走って


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一度駐車場に戻って昼食にします。この辺りは原発がたくさんあるんで、


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という測定器が置いてあります。どうか「琵琶湖の水が飲めへん。」という事態はやめてほしいです。それとこの体育館はどういうわけか11:30にチャイムが鳴りました。その曲が地元美浜町が生んだ大スター五木ひろしさんの名曲「ふるさと」でした。


 食事後は水月湖へ浦見川横を越えましたがたがきつかったです。地図では読みにくいですが橋から見ると標高差がわかります。

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ここからの水月湖は奥が深いです。


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 この湖岸の道は快適でした。梅林と湖岸の間を平坦で泥やらも落ちてない道が続きましす。 


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静かですが、私の気配を感じた鳥の集団が一斉に飛ぶ水音が聞こえます。そんな道を海山集落まで走って県道に出ます。ここで峠稼ぎに暗闇のトンネルで塩坂越を越えて海を見て新トンネルで戻りました。(当然荒れてたら来ませんが、今日は東映のタイトルバックみたいな海と違いました。)三方湖の国道を走った後、トイレを兼ねて入った縄文博物館の展示はよかったです。実際に石器で倒した木を削った船も展示されてますし、石鏃・土器も本物です。今日は「町民広場」に駐車しましたが、1日かけて走り始めるのであれば「縄文博物館」に駐車するのもえェかもしれません。


 帰りは若狭温泉きららへ入って佐久間記念交流会館を見学して帰りました。 


 で、なんで「一応!」かですが、途中で菅湖を走ってないのを思い出しました。


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by ashita-doko-doko | 2013-11-22 16:38 | 自転車 | Comments(0)

 今日、ネットサーフィンをしててこの文章を発見しました。故吉田首相が防衛大第一回卒業生の代表と、大磯で会話された時の言葉です。


 最近の災害のニュースを見ると何も言えません。


「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、 歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。 きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。 御苦労だと思う。 しかし、自衛隊が国民から歓迎され ちやほやされる事態とは、 外国から攻撃されて国家存亡の時とか、 災害派遣の時とか、 国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。 言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、 国民や日本は幸せなのだ。 どうか、耐えてもらいたい。」


(吉田茂 昭和32年2月、防衛大学第1回卒業式にて)


 


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by ashita-doko-doko | 2013-11-09 21:17 | 日記・その他 | Comments(2)

 午後ちょっとですが散歩しました。鷺森神社へ行って白川通り京福跨線橋へ行きました。帰りは若狭街道を南へ歩きました。高野のイズミヤの手前に通称赤ノ宮神社


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がありますが、鳥居横の紅葉を写すつもりが初めて正式名称を知りました。


 「賀茂波爾神社」ていうて「賀茂御祖神社(下鴨神社)」の境外摂社らしいです


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by ashita-doko-doko | 2013-11-09 21:06 | 日記・その他 | Comments(0)

 今日何日かぶりの徒歩通勤しました。すると、「亀の橋」が復活してました。新聞には「浚渫する予定・・・。」ということでしたが。結構早いこと復活しました。


(ですけど、靴が濡れへん場所を探しながら渡るのもワイルドで楽しかったんですが。)


 『Before』

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 『After』 

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by ashita-doko-doko | 2013-11-06 16:56 | 日記・その他 | Comments(0)

 今日は土山マラソンということでR1が渋滞してます。その上に土山の道の駅でコーヒーを飲んでトイレへ行くとここも渋滞してるんで、登山者駐車場のトイレをあてにして田村神社の参拝も無しに鈴鹿峠へ走りました。


 駐車後はコーヒーは道の駅で飲んでるんで高畑山へ登り始めます。少し登った鏡岩からはR1の上下の線が見えます。


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当時の「東海道」は、今も死語になった「一級国道」として生きてます。急登の後、植林帯、アセビ林、


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笹の生えた尾根を行きます。が、崩落したナイフリッジが現れ設置してあるトラロープを頼りすぎん程度に使いながら通過します。一度偽ピークを越えてから高畑山です。ここは展望が開けてるはずですが、ガスが出てきて周りが隠れています。


 今日は午後から降水確率が高いんで、食事は駐車場に帰ってからにしようとおにぎり1個にして、430Mhzで2局交信しただけで溝干山へ行きます。低い笹の尾根の快適な道で、


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尾根が南に曲がった先が山頂でした。とは言うても道標が無いとただの尾根です。ここから坂下峠へは10分程なんですが崩落個所の迂回路のえらい急降下で、坂下峠へもえらい遠い地点まで行かされます。この峠は茫漠としてSF映画に出てきそうですが、林道の存在も疑います。岩盤が出てその上を水が流れて、ほとんど使われずに放置されたんでしょう。そんな道を歩いた後舗装になって30分以上歩いて旧国道へ出たら左へ行きます。その後この名古屋への車線を渡って、


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歩道を京都方面へ行きます。道路の反対側に自然歩道看板が見えたらガードレールの隙間から道路を渡って、看板横から旧東海道の石段を登って鈴鹿峠Pへ戻ります。


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 戻ってきて昼食を食べコーヒーを飲んでると小雨が降ってきました。ここへ戻ってきてからでよかったです。今日も宮乃温泉へ行って帰りました。


 ところで、今日は時刻も遅くは無いんで信楽経由で帰るつもりでしたが信楽大津線が土砂崩れで通行止めなんで甲南ICから高速で帰りました。


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by ashita-doko-doko | 2013-11-03 21:30 | 登山 | Comments(0)

  朝一から行こと思てましたが、「旅サラダ」で「石原裕次郎記念館」と石原まき子さんを見てる間に歩いて行く時間が無くなったんで三条京阪まで自転車で行って駐輪場へ置きます。まず最初の知恩院へは祇園の骨董屋さん街をウインドショッピングしながら行きますが、花見小路からすぐに「デゴイチ」て言う喫茶店があります。


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店名と動輪からどんなお店かわかります。が、ちなみに店内にはHOゲージのレイアウトが置いてあって自分で走らせられます。東大路を渡って国宝の三門をくぐります。


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三門前にどう見ても海老さまと思われる方がおられました。(帰ってからブログを見るとそのようです。)


 「御影堂(みえいどう)」には10分前に着きましたがもう50人ほど並んでられます。受付を済ますと時間前ですが上がれました。素屋根の中の階段を上がると、目の前が野地板を外した小屋組みです。(人形みたいな板は人の大きさに切ってあります。)


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軒の部材も見えます。


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蟇股も目の高さです。


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その作業中の見学だけやなしに、錺金具の製作実演、木の継の模型、カンナの体験をしてはります。


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写ってんのはよそのおっちゃんですが、私もさせてもらいました。今は居間に垂らしてますが「何とかして!!」て言われてます。


 もう満腹状態になる程に見学したんで外へ出ると、500人を超えるような人が待ってます。早めに来てよかったです。このあとの「方広寺礎石発掘」まで2時間ほどあるんで久しぶりに「法然上人御廟」へお参りして、千姫のお墓を見て知恩院を出ました。


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さて食事ですが、祇園周辺は観光用か、一見さんお断りか、まだ開いてないかなんで四条木屋町の超高級大衆中華料理の名店「珉珉」でレバニラを食べました。


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昼食後はこのお店の横から木屋町へ出て五条園」を通過します。詳しくは書けませんが、彫りの凝った欄干やら唐門風の旅館やら、綺麗なガラスのスナックやら、解る者には解る『楽しい園』の雰囲気が残ってます。そのあとは正面通から某ゲーム機器メーカーの旧本社を通過して東へ行きます。


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霞んではいますがいい天気です。(鴨川を北向きで撮ってます。)


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この先目的の方広寺の手前に「耳(鼻)塚」があります。


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豊臣秀吉が「文禄・慶長の役」の時に敵の兵士の耳を塩漬けにして送って殺した敵の数を数えたと言われてます。その後両耳で倍の数を申告する者が居るんで、その防止に鼻を数えたらしいです。「刀狩りは未だに民間人の銃器の保有を妨げている。」「太閤検地で生産高を調べた。」等の功績もありますが無茶をしてます。


 こんだけ歩いてやっと方広寺に着きます。既に大仏も大仏殿もありませんが、有名な「国家安康」「君臣豊楽」の鐘があります。(重いです。82tあります。)


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 でその説明会ですが、礎石の穴とその基礎の石も見えますが、建築時の足場跡もありました。


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ついでに今も参道に貼ってある石は当時の大仏殿の敷石らしいです。


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 最後に、大仏殿の図面を見ると磁北から3度東に振ってます。以前から気になってたんですが同時代に立った二条城もそれぐらい振ってます。(参考に現在は西へ7度です。)帰ってからWikiを見たら載ってました。説明できませんし見てください。


 もうたくさん歩いたんで、鴨川の左岸を歩いて三条京阪へ戻って自転車で帰りました。


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by ashita-doko-doko | 2013-11-02 16:43 | 京都観光 | Comments(0)